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May 19
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うちの親父はね、
肝臓を悪くして、亡くなってもう9年経つけど。
その親父が、晩年、ぼくに電話をしてきてね。
突然、電話してきて。
その時、ぼくはもう札幌にいたけど、
札幌に越してから「どうでしょう」が忙しくて、
何年も帰っていなかったの。
それで、ほんとに久しぶりで、
「おとうさんの肝臓もだんだん悪くなるのよ」と、
そんな話はそれとなく家族から聞いてはいたけど、
その当の親父から電話があって、

「おまえに相談があるんだが…」というのね、
「このところ、盛んに医者から手術を勧められるのだけれど、自分はもう何もしないで、この寺の住職として、この寺で(うちは実家が寺ですからね)最後を迎えたいと思うのだけど、どう思うかな…」と電話口で言うのね、

ぼくは、ホスピスや、いわゆるターミナルケアというものについて取材をした記憶があったから、

「おとうさん。オレはおとうさんの意思に従うよ。それで好いと思うよ、多分、その方が好いと思うよ」と賛成したのね。

親父は、ほっとしたようで、

「今晩、家族に話してみるよ」と言って電話を切ったのね。

翌日、また親父から電話があった。

「おまえに昨日、あんなことを言って申し訳ないんだけど、みんなに反対されてね。やぱり手術をすることにしたから。右に左にころころ動くようでおまえには申し訳ないが、そうすることにしたから」

そう言って電話を切った。

ぼくは正直、意外だったの。
家族の激しい反対が。

「手術をすれば好くなるとお医者は言うのに、おとうさん、どうしてそんな消極的なことを考えるんですか!ひどいよ」と、
かなり激しく反対されたようで、
その辺りの事は、後日、家族のだれかれに電話した時に聞いた。

その時、みんなは、親父の気持ちが理解できないと憤慨しているに近かったよう。
「もう、おとうさんはおかしいのよ」みたいにね。

親父は、自分の身体のことだから、
医学的な根拠ではないところで、自分の先をイメージしていたと思う。もう、終わりは、そう遠くないところに来ているってね。

だから、自分の人生の終わりを準備したかったのだと思う。
宗教家としてもね。
そうして、準備しながら、家族とも、信者さんとも、
最後のお付き合いをしていきたい、
自分が「これから死んでいく者」として、
近しい人たちと付き合って行きたいと思っていたのだと思う。

でも、家族には、それが理解できなかったようでね、
「どうして積極的な姿勢を捨てるのだ!」という憤りに近いものとして反対したようで、もっともその憤りの裏には、もっと父と暮らしたいという愛情があり、別れたくないという想いがあったからだというのもよく分かった。

こうして親父は、家族の勧めに従って手術をした。
そして劇的に回復して元気になった。
お医者の言う事は正しかったし、
家族も父も喜んだ。

そうして、親父はそれから4ヵ月後に亡くなった。